2011年4月16日土曜日

記事紹介 * The Wall Street Journal


【日本版コラム】問われる日本のエネルギー将来像(1)
       野尻哲也のアントレプレナー・アイ
                 * 201141514:30 JST
 東日本大震災が発生して、早くも1カ月余りがたつ。日本の現代史に深く刻まれたこの悲劇は、さらに不幸なことに福島原発の壊滅的な事故を伴った。この原発事故は国民に大きな衝撃を与えたばかりか、燃料資源の乏しい我が国のエネルギー問題となって重くのしかかることになる。しかしながら、希望を捨ててはいけない。今こそ日本のエネルギーについて国民的議論を深め、その将来像を描く大きな転機とすべきである。

     Reuters  福島第1原発3号機

現実と向き合い、未来に投資する
 原子力発電のリスクを国民が目の当たりにした今、原子炉の更なる増設を語ることは容易ではない。また事故だけではなく、放射性廃棄物やウランの輸入依存といった難題が原子力発電には付きまとう。しかし電力の安定供給という実利は大きく、原子力発電を「今すぐ全て撤廃するか」、「更に推進するか」という単純な二項対立は生産的とは言えない。その上で個人的な考えを述べるなら、「既存の原子炉の安全性を極力高めつつも、それらへ依存するのではなく、段階的に原子炉を減らせるよう代替手段の開発と省エネに時間をかけて注力する」という方向へ、エネルギー政策を転換することが望ましいように思う。

 それでは原子力を代替し得る電力をどのように作るのか。
 まず当面の現実的な電力供給に関しては、火力発電がこれまで同様に大きな役割を果たすと見られる。日本は火力発電に関して先端的な技術を有しており、発電効率の向上や有害ガスの除去などの更なる高度化を期待したい。また資源価格が高騰した結果ではあるが、シェールガスやオイルサンドなど新世代の化石燃料の採掘も進んでいる。ただし、いずれも枯渇資源には変わりないため、やはり中長期的にこれらに依存するのはリスクが大きい。
 そこで新たな選択肢となる、持続可能な自然エネルギーについて考える。今や自然エネルギーは、驚くほどのスピードで進化している。とはいえ本格的な普及に向けてはなお発展途上であり、火力や原子力など既に成熟した電源と比較すると、いまだ効率面で見劣りするのも事実。しかしこれは大人と子供を比べるようなもので、自然エネルギーに関してはポテンシャルを見極め、未来に向けて育てていく発想が重要だ。
 例えば日本の太陽光発電は、住宅用のみで75万件ほどが設置済みとみられる。1件当たりの平均設置容量は約3.7kWであるため、最大出力ではおよそ270kWの発電を見込むことが出来る。出力だけを単純比較すると、これは原子炉2.5基分に相当する。もちろん全ての太陽光パネルが常に好条件で発電できるわけではなく、設備の経年劣化なども考慮しなければならないため、実際の発電量はもっと少ない(ピーク時で6070%程度)。だが普及率は持ち家一戸建てのわずか2.5%に過ぎず、ポテンシャルは相当に大きいと言えるのではないか(※1)。しかもこの数値には、共同住宅や公共施設、工場・商用施設・遊休地などへの設置は含まれていない。
 ただし、太陽光発電は夜間や悪天候時には十分に発電できないため、通年での発電量は原子力や火力に大きく劣る。それでも特に電力需要の強まるピークタイム(夏季の日中)では太陽光の発電効率も高まるため、電力供給において大きな役割を果たすことが可能だ。
 風力発電のポテンシャルも大きい。風力発電といえば、総電力の10%を風力で満たすドイツが世界的に有名だ。またスペインも風力発電大国で、好条件が重なった結果とはいえ、過去には総電力の40%(約1000kWh・原子炉10基分)を風力が供給したこともある。最近ではアメリカや中国も急速に風力発電を推進し、特に昨年の中国は容量比で日本の75倍もの風力発電を建設した。風力発電は自然エネルギーの中でも比較的発電コストが安いため、世界中で急速に普及が進んでいる。
 その一方で、近年の日本の風力発電は停滞気味だ。以前は地方自治体を中心に積極的に試されたものの、当時は技術的に未熟で環境アセスメントも無かったことから、故障や騒音などの問題が多発してしまった。故障した風車の姿は実に痛々しいこともあって、そのトラウマからなかなか抜け出せないでいる。
 しかし近年では設備の高度化はもとより、公害や生態系への影響に配慮した設置ガイドラインが整備され、問題は解決され続けている。また、より安定した風を得られ、設置場所の制約も少ない洋上風力発電も欧米で実用化された。
 アイスランドの20%の電力を補う地熱発電も、同様に火山地盤にある日本で期待できる。現在日本には18か所の地熱発電所があり、合計で原子炉0.5基分ほどの電力を安定供給している。地熱発電は事故リスクが小さいため、無人で運営される発電所も存在するほどで、風力と同じく発電コストは安価だ。
 水力発電に関しては立地制限や生物多様性の観点から、日本で新たに大規模発電所を建設するハードルは高い。他方、小型水力という新たな選択肢が登場しており、小さな河川でも数kWを安定的に発電することが可能となった。また、生ゴミや木質ゴミが無尽蔵に廃棄される日本では、バイオマスも大いに期待できる。なお、地熱、水力、バイオマスは太陽光と風力に比べ、はるかに安定的に発電することが可能だ。

日本の資源は「人」にあり
 自然エネルギーはこのように大きなポテンシャルを有するものの、現時点では普及への課題も多い。とりわけ「電力供給の安定性の低さ」、「発電量の少なさ」、「経済性の低さ」が大きなハードルだ。しかし難問に屈することなく、知恵をもって制する姿勢こそが日本の未来を創ることになる。
 課題解決にあたっては、まず技術的進化への更なる注力が必要なのは言うまでもない。しかしそれと同時に、少数の電源に依存するのではなく、様々な自然エネルギーと既存電力が互いに補完し合うベストミックスを構築することが重要だ。特に太陽光や風力は発電の安定性に欠けるため、他の電源で機動的にサポートする仕組みが必要とされる。
 加えて電力を効率的に得るためには、自然エネルギーを適材適所で利用することも大きなポイントとなる。風通しが良く土地の豊かな北海道では風力、建物と人口が密集する東京では太陽光とバイオマスといった形で、地域ごとの環境適性をベストミックスに反映することが好ましい。エネルギーの地産地消サイクルとも呼ばれるが、福島原発に見られるような、都市部の電力供給の負担を地方に押し付けるという構造を可能な限り解消したいものだ。
 このように自然エネルギーには課題が存在するが、だからと言って思考停止してはいけない。実際、日本の電力を自然エネルギーに託すことついて、「そんなことできない」と冷笑する人も少なくない。しかし実現可能性が高まる一方で、このような後ろ向きの精神性がなお存在するのは非常に残念だ。そもそも私たち日本人は困難に挑戦してきたからこそ、小国ながら大きな繁栄を築き上げてきたのではないだろうか。多くの方が口にするように、私もまた「日本の資源は人にある」と考える。従ってその人的資源を最大限に活用し、持続可能な自然エネルギーの開発と普及に国を挙げて努めてみてはどうだろうか。

1 太陽光パネルの設置件数・平均設置容量は経産省補助金事業の申請件数および平成20年住宅・土地統計調査(総務省)より筆者が算出した。

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             野尻哲也(のじり・てつや)
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 経営コンサルティング会社で、大手商社、レジャー、流通、通信、官公庁などへのマーケティング戦略策定および新規事業開発プロジェクトに参画。その後、高級家具・デザイン会社に転出しプロダクトマネージャーおよびウェブ事業開発を担当する。2004年に株式会社UNBINDを設立。ウェブ事業のプロデュースのほか、ITベンチャーやマスメディア、プロ野球球団、ダンスカンパニーなどへの経営コンサルティングとハンズオンマネジメントを展開し、現在に至る。新著に「成熟期のウェブ戦略-新たなる成長と競争のルール」(http://amzn.to/nojiri01、日本経済新聞出版社)がある。

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