クリックで鮮明画面になります。http://www.kantei.go.jp/saigai/monitoring/index.html
2011年4月7日木曜日
2011年4月5日火曜日
2011年4月1日金曜日
津波の高さ 30m超えたか(NHK)
4月1日 19時31分
岩手県大船渡市の綾里湾に押し寄せた津波について専門家が分析した結果、沿岸での津波の高さは26メートル余りに達し、斜面を駆け上がった高さは30メートルを超えていたことが新たに分かりました。
横
浜国立大学と東京大学の研究グループは、先月29日、大船渡市の綾里湾を調査した際、斜面を駆け上がった津波が高さ30メートル近くに達していたとしてい
ました。その後、見つかった津波の映像の撮影時刻や当時の潮位を基に詳しく分析した結果、沿岸での津波の高さは高いところで26.7メートル、斜面を駆け
上がった痕跡は高さ30.1メートルに達していたことが分かりました。当時の映像から、津波は確認された痕跡より、さらに高いところまで駆け上がっていた
とみられ、研究グループは、改めて現地を調査して実態を明らかにすることにしています。
2011年3月29日火曜日
東京電力発表pdf文書を記録する
以下はpdf版より------------------------------
プレスリリース/ホームページ掲載情報
発表日付 03.29
件 名「福島第一原子力発電所プラント状況等のお知らせ」
備 考(3月29日 午前10時00分現在)
<福島第一原子力発電所プラント状況等のお知らせ>
(3月29日
午前10時現在)
平成23年3月29日
東京電力株式会社
福島第一原子力発電所
福島第一原子力発電所は全号機(1~6号機)停止しております。
1号機(停止中)
・3月12日午後3時36分頃、直下型の大きな揺れが発生し、1号機付近で大きな音があり白煙が発生しました。水素爆発を起こした可能性が考えられます。
・3月23日午前2時30分頃、給水系から原子炉への海水注入を開始しました。
・3月24日午前10時50分頃、原子炉建屋屋根部から白いもや状の湯気が出ていることを確認しました。
・3月24日午前11時30分頃、中央制御室の照明が点灯しました。
・これまで原子炉へは海水を注入しておりましたが、3月25日午後3時37分より淡水の注入を開始しました。
・これまで消防ポンプにより淡水を原子炉に注入しておりましたが、3月29日午前8時32分、仮設の電動ポンプにより注入するように切り替えを行いました。
2号機(停止中)
・3月15日午前6時頃に圧力抑制室付近で異音が発生、同室の圧力が低下。
・3月21日午後6時20分頃、原子炉建屋屋根部から白いもや状の煙が発生しましたが、3月22日午前7時11分時点でほとんど見えない状態まで減少していることを確認しました。
・これまで原子炉へは海水を注入しておりましたが、3月26日午前10時10分より淡水(ホウ酸入り)の注入を開始しました。
・3月26日午後4時46分頃、中央制御室の照明が点灯しました。
・これまで消防ポンプにより淡水を原子炉に注入しておりましたが、3月27日午後6時31分、仮設の電動ポンプにより注入するように切り替えを行いました。
3号機(停止中)
・3月14日午前11時1分頃、1号機同様大きな音とともに白煙が発生したことから、水素爆発を起こした可能性が考えられます。
・3月16日午前8時30分頃、原子炉建屋から水蒸気のようなもやの発生を確認。
・3月17日午前6時15分頃より、圧力抑制室の圧力の指示値が上昇していることから、安全に万全を期すため、3月20日、原子炉格納容器内の圧力を降下させる措置(放射性物質を含む空気の一部外部への放出)を行う準備を進めていましたが、現在の状態は、直ちに放出を必要とする状況ではないため、今後、圧力の状態などを注視してまいります。
・3月21日午後4時頃、原子炉建屋からやや灰色がかった煙が発生しましたが、3月22日時点で白みがかった煙に変化しており、終息に向かいました。
・3月22日午後10時45分頃、中央制御室の照明が点灯しました。
・3月23日午後4時20分頃、原子炉建屋から黒色がかった煙が発生していることを確認しました。その後、午後11時30分頃ならびに3月24日午前4時50分頃、当社社員が煙の発生が止んでいることを確認しました。
・これまで原子炉へは海水を注入しておりましたが、3月25日午後6時2分より淡水の注入を開始しました。
・これまで消防ポンプにより淡水を原子炉に注入しておりましたが、3月28日午後8時30分、仮設の電動ポンプにより注入するように切り替えを行いました。
4号機(定期検査で停止中)
・3月15日午前6時頃、大きな音が発生し、原子炉建屋5階屋根付近に損傷を確認。
・3月15日、16日にそれぞれ原子炉建屋4階北西部付近において、出火を確認し、消防署等へ連絡しましたが、いずれも自然に火が消えていることを当社社員が確認。
・現時点において、原子炉格納容器内での冷却材漏えいはないと考えております。
5号機(定期検査で停止中)
・安全上の問題がない原子炉水位を確保しております。
・3月19日午前5時、残留熱除去系ポンプ(C)を起動し、使用済燃料プールの冷却を開始しました。
・3月20日午後2時30分、原子炉は冷温停止状態となりましたが、3月23日午後5時24分ごろ、仮設の残留熱除去系海水ポンプの電源を切り替えた際、自動停止しました。その後、3月24日午後4時14分頃、交換したポンプを起動し、同日午後4時35分頃、原子炉の冷却を再開しました。
・現時点において、原子炉格納容器内での冷却材漏えいはないと考えております。
6号機(定期検査で停止中)
・安全上の問題がない原子炉水位を確保しております。
・非常用ディーゼル発電機(A)の修理が完了しました。
・3月19日午後10時14分頃、残留熱除去系ポンプ(B)を起動し、使用済燃料プールの冷却を開始しました。
・3月20日午後7時27分、原子炉は冷温停止状態となりました。
・代替の残留熱除去系海水ポンプ2台について、3月25日午後3時38分および午後3時42分に仮設の電源から本設の電源に切り替えを行いました。
・現時点において、原子炉格納容器内での冷却材漏えいはないと考えております。
本日の使用済燃料プールの冷却作業
・今後も使用済燃料プールの状況を確認しながら、必要に応じて放水したいと考えております。
負傷者等
・当社社員2名が現場において、所在不明(3月11日発生)
・3月24日、3号機タービン建屋1階および地下において、ケーブル施設作業を行っていた協力企業作業員3名について、約170mSv以上の線量を確認。そのうちの2名について、両足の皮膚に汚染を確認し、除染を行ったものの、ベータ線熱傷の可能性があると判断したことから、福島県立医科大学付属病院へ搬送しました。また、3月25日、残り1名も福島県立医科大学付属病院に移動し、その後、千葉県にある放射線医学総合研究所に計3名が入院し、3月28日に退院しました。
なお、本事象につきまして、更なる放射線管理の徹底と被ばくの作業管理に万全を期すため、本事象の教訓と今後の対策をまとめ、国等へ説明を行っております。
作業開始に先立ち、関係者へ周知するとともに、今後の管理に万全を期してまいります。
その他
・モニタリングカーによる発電所構内(屋外)の放射性物質(ヨウ素等)の測定値が通常値より上昇しており、以下のとおり、原子力災害対策特別措置法第15条第1項の規定に基づく特定事象(敷地境界放射線量異常上昇)が発生したと判断しています。
・3月12日午後4時17分に判断(MP4付近)
・3月13日午前8時56分に判断(MP4付近)
・3月13日午後2時15分に判断(MP4付近)
・3月14日午前3時50分に判断(MP6付近)
・3月14日午前4時15分に判断(MP2付近)
・3月14日午前9時27分に判断(MP3付近)
・3月14日午後9時37分に判断(発電所正門付近)
・3月15日午前6時51分に判断(発電所正門付近)
・3月15日午前8時11分に判断(発電所正門付近)
・3月15日午後4時17分に判断(発電所正門付近)
・3月15日午後11時5分に判断(発電所正門付近)
・3月19日午前8時58分に判断(MP5付近)
なお、測定値が500μSv/hを超過した後、500μSv/h付近で下降、上昇を繰り返した場合、同一事象が継続していると考え、改めて原子力災害対策特別措置法第15条第1項の規定に基づく特定事象(敷地境界放射線量異常上昇)が発生したという判断は行わないこととします。ただし明らかに異常な値が計測され、同一事象でないことが明らかな場合は、速やかに判断するとともにお知らせしてまいります。
・放射性物質放出の恐れがあるため、半径20km以内の地域住民に対して国から避難指示が出されており、また半径20kmから30kmまでは自主避難指示が出されています。
・3月21日午前10時37分から共用プールへの水の注水を開始し、同日午後3時30分頃終了しました。(当社実施)
・3月24日午後3時37分頃、外部電源から共用プールへの電源供給を開始し、その後午後6時5分頃、燃料プール冷却ポンプを起動し、プールの冷却を開始しました。
・乾式キャスク建屋のパトロールを実施したところ、外観目視点検の結果異常はなく、今後詳細に点検します。
・5、6号機の原子炉建屋屋根部に、水素ガスの滞留防止のための穴(3箇所)を開けました。
・使用済燃料プールへの放水および原子炉への注水に使用している消防車は、東京消防庁の他にも各地消防本部*から12台の貸与を受けております。また、新潟市消防局および浜松市消防局からは、大型除染システムの設置、運用に関するご指導を受けております。
*
郡山地方広域消防組合消防本部、いわき市消防本部、須賀川地方広域消防本部、米沢市消防本部、会津若松地方広域市町村圏整備組合消防本部、宇都宮市消防本部、さいたま市消防局、新潟市消防局
・3月22日までに1~6号機の外部電源の受電を開始しました。
・3月27日午後3時30分頃、1~3号機タービン建屋外のトレンチの立坑に水が溜まっていることを確認しました。水表面の線量は、1号機が0.4mSv/h、2号機が1,000
mSv/h以上でした。なお、3号機については、がれきが障害となり線量を測定することができませんでした。引き続き、立坑内の水を監視してまいります。
・安全の確保に向け全力を尽くしてまいるとともに、引き続き周辺環境のモニタリングを継続・監視してまいります。
以 上
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2011年3月25日金曜日
原子力発電を考える石巻市民の会(転載)
参照: http://shiminnokai.info/cat58/post-5.html
2011年3月19日
津波に襲われ廃墟と化した県原子力センター
女川原発周辺の放射線監視システムは壊滅状態
いきなり、かつて経験したことのない強く長い揺れが家を襲い、間もなく、高い津波が来るので避難してくださいとの石巻市の警報が流れたので、90歳になる寝たきりの母を車椅子に乗せ妻や長男夫妻、長女と近くの小高い丘(日和山)に避難したのは、11日午後のことでした。
それから今日で早くも9日が経ちました。
まだ、悪い夢をみているかのようです。
この地震は、なんとマグニチュード9の巨大地震との
津波被害は、岩手県から福島県にかけての大平洋沿岸と、かつてない広域に渡っているようです。
まちや道路が水をかぶって鰐山と日和山一帯が孤立し、また、停電するなどして一切の通信手段が断たれたため、一時は同じ石巻市に住む親戚や仲間との連絡もできなくなってしまいました。
幸いなことに、14日、外部に通じる道路の一部が通れるようになったので早速それまで行けなかった場所で安否の確認をして回りました。
きのう19日、電話やインターネットもできるようになったので、これから何回かに分けて、今回の地震と津波に関して直接目にしたことを中心に報告したいと思います。
◆ ◆ ◆
子供や親戚などの安否とともに心配だったのは、女川原発の状態。
13日、今や唯一の通信手段となった携帯ラジオのニュースで、同原発の敷地境界のモニタリングポストの放射線測定値が1時間あたり21マイクロシーベルト(通常値の700倍)にまで上昇したことを知りました。
3基とも(冷温停止状態に持ち込むことができて)安定した停止状態にあり、排気筒モニターの測定値も非常に低いので、モニタリングポストの測定値の上昇は女川原発とは関係がない。
上昇は福島第一原発から放出された放射性物質の影響によるもの。
こう東北電力は見ているとのこと。
しかし、女川原発の周囲の環境放射線量を常時測定している11箇所のモニタリングステーションの値に全く触れないのはどうしてなのでしょうか。
本当に3基とも冷温停止に持ち込めたのでしょうか。
13日、地盤が低下したのか「水攻め」状態の市役所に膝までの水を漕いで渡り戦場のような忙しさの防災対策課に行って聞いてみると、前日に石巻地域消防本部から無線電話で、福島第一原発から放出された放射性プリューム(気団)が女川原発方面に流れていると連絡が入ったが、それ以外は、原子力安全・保安院(ふあんいん)と間の衛星電話を含めてあらゆる通信手段が使用不能状態で、電力からも国からも県からもどこからも何の連絡も入ってきていないというではありませんか。
ひとまず女川原発の状態については安心したものの、隣の県の福島原発の何基もが放射能放出事故を起こしているだけに、ますます女川原発周辺のモニタリグ施設がどうなっているのかが気になってきました。
3月14日、女川方面もどうにか遠回りで通れるようになったようなので、親戚などの安否の確認を兼ね石巻から自転車で女川に向かいました。
下の一連の写真は、その際に目にした女川浜伊勢にある宮城県原子力センター等の様子です。
DSC_0275.JPG
原子力センターの手前の道路は小石や土砂でおおわれ、どこが道なのかわからなくなっていました。
電柱は津波で根元から押し倒され、木造の家はずっと先の山ぎわに至るまで、ほとんどが流されてなくなっていました。
DSC_0265.JPG
2階建ての原子力センターは津波に呑まれ、玄関も2階の窓も全部破壊されていました。
職員や女性事務職員は、すぐに仕事を打ち切って無事に高台に逃げることができたのでしょうか。
DSC_0266.JPG
これは、正面の入口などの様子です。
2階の向こう側の窓ガラスなどもみな壊れているのがわかります。
県原子力センターは、女川原発周辺の環境放射線や環境放射能(放射性物質)の測定・監視を行なっている中心施設。
宮城県は、環境放射線については、同センターと11か所(県分7か所、電力分4か所)のモニタリングステーションおよび放水口モニター(3箇所)をテレメーターシステムでつないで、空気中と海水中のガンマ線(放射線の一種)をリアルタイムで測定・監視しています。
そして、毎分毎時、周辺公衆の受ける放射線量が「法令値(年1ミリシーベルト)を十分下回っていることを「確認」し、また「原子力発電所からの放射性物質の環境への予期しない放出」を監視しています。
その環境放射線監視システムが、今回の地震・津波で根こそぎ破壊されてしまったのです。
夕方、親戚の安否を確認しに行った避難所の一つの町総合体育館で、町の災害対策本部が下隣りの女川第二小学校に置かれたことを知りました。
夜になって災害対策本部を訪ね企画課長さんなどから聞いた話では、原子力センターの職員2人と女性事務職員2人が行方不明になっているとのことでした。
幸い石川所長は助かって、この日朝、仙台の県庁に向かったとのことでしたが…。
(女川町には国からも電力からも県からもどこからも何の連絡も入っていなかった)
DSC_0268.JPG
これは、隣にある国の原子力保安検査官事務所兼原子力防災対策センターです。
屋上から垂れかかっているものは、近くの工場か駐車場の屋根のトタンでしょうか。
手前に突き出た玄関はもぎとられてなくなり、中もことこどく破壊されてしまった様子です。
所長さんは行方不明とのことでした。
◆
DSC_0269.JPG
写真左奥の建物が原子力センター、右が原子力防災対策センター。
女川原発の放射線・放射能監視の中心施設であり、原発事故の際の中心となる施設であるこれらの施設が、津波に呑まれて壊滅状態となろうとは……。
有名な津波地帯に代々住んでいるにもかかわらず、私自身津波を甘く見ていました。
想定をはるかに超えた地震とはいえ、これらの施設の建っている土地はおそらく海抜2メートル未満。
私同様、国も県も、地震特に津波を余りにも軽く見ていたのではないでしょうか。
それが、このような惨状を生んでしまったのではないでしょうか。
福島原発で放出された放射能が風向きによっては海を超えてこちらにもやってきている今、女川原発周辺の放射線モニタリングの状況は、このようなありさまです。
(日下郁郎)
◆ ◆
DSC_0267.JPG
上は、1キロほど先の女川湾の方をふりかえってみた写真。
鉄筋コンクリートの水産加工工場なども骨組みを残しているだけだった。
DSC_0274.JPG
原子力センターの横を通り過ぎ、ずっと先の山ぎわまで進んで右手を見渡すと……、何艘もの船がこんなに奥まで押し流されひっくり返っていた。
参照: http://shiminnokai.info/cat58/post-5.html
2011年3月19日土曜日
【東日本大震災】(産経ニュース)
「津波の最高到達点、50メートルの可能性も」 関西大社会安全学部長・河田恵昭教授
2011.3.19
20:22
戦後最大の被害を起こした、地震の特徴や津波の発生状況について関西大社会安全学部長、河田恵昭教授(65)に聞いた。河田教授の専攻は巨大災害、都市災害、総合減災システムなどで、政府の中央防災会議の委員などを歴任している。河田教授は、津波の最高到達点が、海抜50メートルの地域までいった可能性を指摘した。
--発生の構造は
河田氏 沖にある太平洋プレート(岩盤)と北米プレートの境界にある岩手沖、宮城沖、福島沖の3つの断層帯が、6分間にわたり(阪神大震災は15秒間)順次壊れていき、南北500キロ東西200キロにわたる巨大地震となった。
--今回の地震の特徴は
特徴はふたつある。ひとつは地震がこれまで起きなかった空白域から破壊が始まり、思いもよらず広範囲に地震が広がったことだ。もうひとつは巨大なエネルギーにより、沿岸部の被災地ほぼ全域で地盤沈下が起きたことだ。過去の三陸沖地震では地盤沈下は起きていない。
--巨大なエネルギーは大津波の原因にもなった
映像で見る限り地震動による建物被害は大きくなさそうだ。津波の高さは10メートルの堤防を軽々越えた。津波は10~20メートルとかいわれているが、被害状況をみているとそんなレベルではないだろう。地震のエネルギーから考えると、、明治29(1896)年の明治三陸沖大津波(M8・5、死者2万2千人)の4倍以上のエネルギーだから、今回の津波の最高到達点は海抜約50メートルぐらいの所があったのではないか。
--避難状況をどうみるか
平日の昼間という時間帯もあるのだろうが、避難誘導する人も少なかったようだ。最初の地震動による家族間の安否確認などで、逃げるのが遅れた可能性もある。あれほどの津波だと、地震が起きた時点ですぐに後背地の高台にでも逃げないと、安全とはいえなかっただろう。
--全国的に地震被害想定を見直す必要があるか
被害想定を小さく見積もっていた所の対策の見直しや、沿岸部の住宅地の後背地への移転など抜本的な改善が必要だろう。災害対策基本法を抜本的に見直し、国の責任を明確にすることが必要だ。包括的な政策をとるために、各省庁横断的な災害対策庁(仮称)の設置なども議論されていい時期だろう。
(産経ニュース)
【放射能漏れ】 (産経ニュース)
ハイパーレスキュー放水は連続7時間を予定
2011.3.19 12:35
18日午前10時20分(日本時間)に撮影された福島第1原発の衛星写真。3号機からの水蒸気が見えず、2号機の壁の穴からは水蒸気が上がっているのが確認された(デジタルグローブ・ISIS提供・共同)
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18日午前10時20分(日本時間)に撮影された福島第1原発の衛星写真。3号機からの水蒸気が見えず、2号機の壁の穴からは水蒸気が上がっているのが確認された(デジタルグローブ・ISIS提供・共同)
東京電力福島第1原発の事故で、ハイパーレスキュー隊など東京消防庁の緊急消防援助隊が19日午後1時半をめどに、冷却機能を失った第1原発3号機に向け、特殊消防車を使って放水を行う。同日午前0時半の放水に続いて2回目。放水作業は給水などにかかる時間も合わせ、連続7時間を予定している。
東京消防庁は19日、1度目の放水に当たった消防隊員約50人について、作業後に原発付近の拠点で放射線量を検査の結果、「健康被害はなかった」と発表した。検出された放射線量の数値などは明らかにしていない。
この放水では計約60トンの海水が放出されたが、周辺の放射線量の数値や3号機内の燃料プールの水位が上昇したか確認できていないとして「現時点では、どの程度放水の効果があったか分からない」としている。
19日午前には、計14隊102人が追加交代要員として東京から現場に派遣され、現地の部隊と交代して放水作業にあたる。2回目の放水は当初、19日正午から実施する予定だったが、東電の電気復旧作業を優先させるため開始時間を同日午後1時半に延期した。東電の作業の進捗(しんちょく)状況によっては、放水開始がずれ込む可能性もあるという。
1回目の放水では、隊員が車外に出る必要のない「延長車」で水を中継する当初の予定も、防護服を着た隊員が手作業で伸ばしたホースで中継する手法に変更された。強い放射線のため、長時間現場にとどまれず、隊員を交代しての作業が続いたという。
未明の放水後は、機材を現場に残し、隊員らは放射線の影響が少ない拠点にいったん退避。19日午前から、再度の放水に向けた準備に入った。
(産経ニュース)
2011.3.19 12:35
18日午前10時20分(日本時間)に撮影された福島第1原発の衛星写真。3号機からの水蒸気が見えず、2号機の壁の穴からは水蒸気が上がっているのが確認された(デジタルグローブ・ISIS提供・共同)
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18日午前10時20分(日本時間)に撮影された福島第1原発の衛星写真。3号機からの水蒸気が見えず、2号機の壁の穴からは水蒸気が上がっているのが確認された(デジタルグローブ・ISIS提供・共同)
東京電力福島第1原発の事故で、ハイパーレスキュー隊など東京消防庁の緊急消防援助隊が19日午後1時半をめどに、冷却機能を失った第1原発3号機に向け、特殊消防車を使って放水を行う。同日午前0時半の放水に続いて2回目。放水作業は給水などにかかる時間も合わせ、連続7時間を予定している。
東京消防庁は19日、1度目の放水に当たった消防隊員約50人について、作業後に原発付近の拠点で放射線量を検査の結果、「健康被害はなかった」と発表した。検出された放射線量の数値などは明らかにしていない。
この放水では計約60トンの海水が放出されたが、周辺の放射線量の数値や3号機内の燃料プールの水位が上昇したか確認できていないとして「現時点では、どの程度放水の効果があったか分からない」としている。
19日午前には、計14隊102人が追加交代要員として東京から現場に派遣され、現地の部隊と交代して放水作業にあたる。2回目の放水は当初、19日正午から実施する予定だったが、東電の電気復旧作業を優先させるため開始時間を同日午後1時半に延期した。東電の作業の進捗(しんちょく)状況によっては、放水開始がずれ込む可能性もあるという。
1回目の放水では、隊員が車外に出る必要のない「延長車」で水を中継する当初の予定も、防護服を着た隊員が手作業で伸ばしたホースで中継する手法に変更された。強い放射線のため、長時間現場にとどまれず、隊員を交代しての作業が続いたという。
未明の放水後は、機材を現場に残し、隊員らは放射線の影響が少ない拠点にいったん退避。19日午前から、再度の放水に向けた準備に入った。
(産経ニュース)
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